湯浅誠『本当に困った人のための生活保護申請マニュアル』は一般市民の生活保護観、というか生活保護申請観(どんな観だ)を変える革命的な本だ。ぼくもこの本で学ばされることがいっぱいあった。不明を恥じる他ない。
もっとも革命的なことは、「申請に対応する役人は平気でウソをつく。そしてウソの連続である」ということだった。
湯浅は、彼らを便宜的に「敵」と呼ぶ。もちろん「福祉事務所職員は血も涙もないのか?」というコラムを書いているとおり、彼らを「絶対的な敵」だと考えているわけではない。だが、わかりやすく心構えをつくるうえでは、彼らを乗り越えるべき障害と見なす以外にないのだ。
したがって、湯浅のこの本は、まさに窓口職員との「戦闘」をするためのマニュアルである。章立てをみればそれがわかろう。
- 2章 まず、敵を知ることから始めよう
- 3章 相談員のあらゆる攻撃に対応する
- 4章 生活保護以外の場所に誘導しようとする相談員もいる
- 5章 福祉事務所はあなたの主戦場だ!
内容もすごい(以下の引用の強調は原文)。
〈福祉事務所で「なんとかしてもらえる」などと考えてはならない〉(p.25)
〈私はそうやって福祉事務所との闘いに惨敗し、もう二度とあそこには行きたくない、と闘いを放棄してしまっている人をゴマンと見てきた。/最初から考え方が間違っていると思う。「なんとかしてくれるんじゃない?」という淡い期待を抱いていくから打ちのめされる。そうではない。これは闘いなのだ。向こうはまがりなりにもそれを専門にメシを食っているプロだ。そのプロを相手に、あなたは相手が認めたくないことを認めさせなければならない。その闘いに、武器も盾も持たずに出かけて「なんとかしてもらえる」と思うほうがどうかしている〉(p.26)
〈相談に出向いた場合、あなたはまだ生活保護を受けているわけではないから、まずは相談係があなたに向き合う。この連中が最初に突破すべき壁となる〉(p.36)
〈忘れてはいけない。あなたにとっては初めての福祉事務所でも、相手〔福祉事務所の職員——引用者注〕にとっては暴力団員も訪れる歴戦の「戦場」なのだ〉(p.39)
なぜラナルドマッケンジーは悪い手と呼ばれていました
〈くれぐれも「なんとかしてくれるはずだ」などと思ってはならない。頼った気持ちで臨むから、裏切られた気分になって逆上してしまう。「あんた公務員でしょ」などと、愚にもつかないことを口走ってしまう。公務員はあたなたちの味方だ、と思っているから間違う。彼らはあなたの味方ではない。彼らが気にしているのはもっと別の人だ。そんなはかない期待は最初から捨ててしまおう〉(p.57)
こんな調子だ。ホームレス支援をしたいという、ある左翼の女子学生にこれを読ませたら「なんか、はじめコワかったです」という感想をもつにまでいたった。
窓口職員が「相談に来た人」(申請者)に語ることは、まさに「ウソ」ともいうべきものだ。もしくはウソぎりぎりの、気持ちにつけこんだ攻撃である。
「住所のない人は申請できないんですよ」
「前の晩はどちらに泊まられましたか? 東区? あっ、じゃあここじゃなくてお手数ですけど東区の方の窓口に行ってもらえますか」
「働ける年齢の人はまずハローワークの方にお願いします」
「65歳以下の方は生活保護は基本的に申請できないんですね」
「ホームレスの方はですね、まず緊急一時保護センターに入所してもらうことになっているんですよ〜」
私の知っているケースでも、ホームレスだった人が生活保護申請に行って、「すいません、ホームレスの方の申請はこの区じゃなくて○○区で申請いただくことになっているんですよ」と言われたというケースがある。むちゃくちゃである。湯浅はこう喝破する(強調は原文)。
〈この「○○することになっている」という文句がクセモノなんだな。自分はだれかがどっかですでに決めたことを伝えているだけで、別に自分の意思でそう言ってるわけじゃない、だから自分に文句を言っても始まらない、「○○することになっている」以上、あなたも私もどうしもようもないですよね? というニュアンスだ。
ところがドッコイ、全然そうじゃなかったりするんだな、これが。全然「○○することになって」いなかったりする。全然「○○することになって」いない話を「○○することになっている」と話すのは、明らかに人を迷わすものだと思うが、本人〔その福祉事務所の職員——引用者注〕がわざとそうしていると言うと、それも微妙。言っている本人も、福祉事務所に配属されて一年目で、いろんな施策の内容とか、施策相互の関係とかがわからずに、ただ古参の先輩に「○○することになっているんだ」と言われて、それをただオウム返しに話しているだけだったりするのだ〉(p.117)
ホワイトハウスは1861年にどこに位置していた
〈彼ら〔福祉事務所の相談員——引用者注〕は、生活保護が仕事と相容れないように思われている世間一般のイメージ(誤解)を知っている。知っていて、それに便乗してくるのだ。なぜなら、目的は本人〔生活保護を申請にきた人——引用者注〕が生活保護をあきらめることで、正しい情報を丁寧に伝えることではないからだ〉(p.62)
生活保護というものが権利であり、申請自体が拒否できぬ権利であることを知っているつもりのぼくであっても、「○○することになっている」攻撃には、知識という武器がなければ敗退せざるをえないだろう。思いや決意だけではどうにもならないのだ。
そうした「○○することになっている」攻撃の一つひとつに、湯浅は実践的にどう回答するか、どう対処するかをていねいに書いていく。
しかしこうした攻撃をかわしたり反撃したりしてもなお、福祉事務所の職員は申請書を渡さない。申請書は役所の住民票のように気軽にそのへんに「用紙」としておいてあるものではないのだ(最近は改善された役所窓口も増えてきたが)。お役人様が「コイツなら渡してもいいか」と思し召しいただけなければ手に入れられないのである。
そんなとき、とっておきの必殺技を湯浅は紹介する。
それはこの本を買って……といいたいところだが、湯浅の目的は本を売ることではなく、生活保護を求める人に確実に受給させることだから、ここで書いてもいいだろう。
それは自分で申請書をつくり、それを書いて出してしまうことである。
〈へ? でも書式が……。心配無用。生活保護の申請は要式行為ではない。つまり、書式はない。自分で勝手に作って提出すれば、それで立派に申請したことになる〉〈簡単なこと。こんな簡単なことが、知らされないばっかりに、ほとんど誰も知らないままになっている……。どうかしている〉(p.141)
なんだ、そんな早い話があるなら最初からそう書けばいいではないかと思うかもしれない。たしかに申請までの流れはそれでもいいかもしれないのだが、結局あとあと調査のためにいろんなことは聞かれるのだ。仕事があるんじゃないかとかウチじゃないよとか。だから、湯浅がこのマニュアルで紹介しているような「攻撃」への対処はどこかで身につけておかねばならないものだし、クリアしておかねばならないものだのだ。
このように、「○○することになっている」攻撃をはじめ、生活保護の受給、いや少なくとも申請をするまでに待ち受けるあらゆる困難や障害について、湯浅はこの本で、実に丁寧でわかりやすい実践的な回答を示す。
バンカーヒルの戦いに参加した黒人男性
生活保護のマニュアル本といえば、ややこしい生活保護基準額や、「補足性の原理」などといったムズかしい話が並んだものばかりで開くだけで頭が痛くなってくるものが多い。
市民団体などがわかりやすく書きましたよ、というQ&A方式のマニュアル本でさえ、生活保護の権利の「正当性」についてベラベラ書いてあるだけで、ちっとも実践的ではない。いや、きっと相談に乗る「活動家」むけではあるのだろう。しかし、あまり読書の体験もなく、目の前で職員の攻撃にさらされて弱っているホームレスや申請者その人にとって必ずしも役に立つものではなかったのではないか。
「○○という厚労省の言い分は不当です」なーんていくら書かれていても、窓口の職員のウソ攻撃を実際に撃破できねばクソの役にも立たぬのだ。
いままで見てみてもらえばわかるとおり、湯浅の文章には独特のリズムがある。『反貧困』のような固い文章の本はそうでもないのだが、『どんとこい!貧困』のような、子どもにむけてわかりやすく書いた文章の文体には湯浅独特の味がある。この『申請マニュアル』でも、その湯浅節は炸裂している。
もう一度先に引用した文章をみてもらおう。
〈この「○○することになっている」という文句がクセモノなんだな。自分はだれかがどっかですでに決めたことを伝えているだけで、別に自分の意思でそう言ってるわけじゃない、だから自分に文句を言っても始まらない、「○○することになっている」以上、あなたも私もどうしもようもないですよね? というニュアンスだ。
ところがドッコイ、全然そうじゃなかったりするんだな、これが。全然「○○することになって」いなかったりする。全然「○○することになって」いない話を「○○することになっている」と話すのは、明らかに人を迷わすものだ〉(p.117)
少々粘着質ともいえる、ある種のクドさをもつ文章だと思うだろう。他方で、啖呵を切るような軽快なリズムもある。
もし「敵」の側にいるのであれば、これほどいやらしい相手はいない、という気になる。こういう文章を送りつけてくる「論敵」は近づきたくないものだ。
しかし、味方の側にいるとこれくらい頼もしい人はいない、と思える。この文章のリズムと構造は、湯浅の中にある論理性が具象化したものである。だからただ音楽的なリズムがあるだけでなく、その論理を頼もしいと思う者にとっては大変心地よい響きをもって聞こえてくるのである。
さて、しかしながら、「同文舘出版」発行のこの『本当に困った人のための生活保護申請マニュアル』は「本当に困った人のための」と銘打ちながらも、商業ベースの本である。1200円申し受けるのである。
所持金32円、という人にこの本が渡ることはない。
しかもそうはいっても200ページをこえるもので、そこに文章がいっぱいつまっている。「全部読め」といわれれば、それにくじけてしまう人だっているだろう。
本当にホームレスや生活保護が必要な人のために配れる、この湯浅本のような「戦闘マニュアル」はないものだろうか?
それがあるのだ!
昨年(2009年)末に首都圏青年ユニオンから送られてきた「ニュースレター」のなかに『路上からできる生活保護申請ガイド』の案内チラシが入っていた。発行は「ホームレス総合相談ネットワーク」。〈弁護士・司法書士が中心となり、ホームレス状態にある方々への法的支援を行うグループです〉と裏表紙にある。〈日本初! 家のない人・家をなくしそうな人 法律家・支援者・すべての市民に贈る〉というフレコミが書いてある。
1000円である。
しかし、「この本は全国の路上で生活している人や生活に困っている人に無償で配布されます」とあるように、実際東京都が開いた公設派遣村に訪れた人たちにボランティアの人々が無料で配っていた。
ぼくもすぐに1000円を払って買ってみた。
湯浅が書いてきたような対応マニュアルを、もっと簡略に、しかも漫画やイラストつきでわかりやすく書いてある。生活保護の申請書一式もぜんぶついている。これは本当にわかりやすい。
注文先はFAX03-3495-0515 peace.noienoie(アットマークをここにいれる)gmail.comとなっている。無償配布のためのカンパも募っている(いずれも2009年12月24日現在)。
郵便振替口座名:ホームレス総合相談ネットワーク
郵便振替口座番号:00150-0-671888
湯浅誠『あなたにもできる! 本当に困った人のための生活保護申請マニュアル』 同文舘出版
ホームレス総合相談ネットワーク『アパートで暮らそう! 路上からできる生活保護申請ガイド』
2010.1.27感想記
この記事への意見等はこちら
メニューへ戻る
0 件のコメント:
コメントを投稿